
和尚さんが日ごろ感じたことや、思ったことを日記にしています。
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第8回 「日本の皆様へ Part T」
2002.9.23
秋の気配もういっぱいですね。今夏シアトルは例年にない晴天続き、雨のない日が1ヶ月以上も続きました。夏場はからっと晴れるのがシアトル
のいいところですが、これだけ乾燥すると一雨ほしくなってしまう。全く人間は身勝手なもの、今更ながらに思い知らされました。
ところで秋のイメージは日本もアメリカも同じ、「もの想う秋、読書の秋、恋いの秋、思索の秋」秋の夜長、人の想いは皆同じなのでしょう。
さて、アメリカやヨーロッパの社会で今いちばんに大切にされる価値とは、それはもちろん個性。街も人々も個性の大切さを今更ながらに深く
受け止めているようです。数年前まで盛んだったグローバルスタンダードというような言葉が遠い昔に思えてなりません。
シアトル周辺の市や町は、皆それどれに個性豊か。小さな小さな市や町がひしめき合っているといった状態です。僅か数千人の町から大きくて
もシアトル市の50万人、シアトル周辺のキング郡だけで実に70もの市や町があります。それぞれに町の生い立ちや文化性が違いますから、
小さい町は小さいながらにその歴史と個性を大切に保っているのです。市議会議員も少ないところでは僅かに7、8人。確かに小さな町ほど人々
の思いや考えも明確に伝わり、直接に行政に反映されます。州は違いますが、大きくなりすぎたロサンゼルス市などでは、今ハリウッドやいく
つかの地域が分離独立を目指して住民投票にまで発展しているようです。こういった世界の趨勢から比べると、今盛んにすすめられている日本
の広域市町村合併が異常に思えてなりません。大きくなればなるほど地域の個性も、市民の考えや意見も埋没してしまいます。地域の伝統や文
化が消えうせてしまうのです。
先端市民の関心は今、地域の文化と環境、景観の保全にあります。人間の利便性や、効率性にも代え難い大切なものと受け止めているのです。
今、日本の現実と比べるとき大きな隔たりを感ぜずにはいられません。
ぼくの故郷、岐阜県の各務原市でも、老人ホームに名をかりた全く景観に相応しくない環境破壊の建物の計画が持ち上がりました。
多くの心有る市民や、勿論ぼくも心配をしましたが、幸い私達の市長さんは、高い見識と良識を兼ね備えた人、きっと正しい判断
をしてくれるものとぼくは安心している。こんなときこそリーダーの大切さがつくづくと思い知らされる。程度の悪い、
文化性のないリーダーをいただいた地域市民は本当に気の毒だ。将来に禍根を残すことも考え及ばず、己とその場の利権のみで判断されるの
だからたまったものではない。将来の子供達のためにも、やはりリーダーとして相応しい人を選ぶ責任が、今私達市民に問われているように思う。
そして個々の市民の声が届くためにも、市の規模はあまり大きくない方が良いのではないかと思う。広いアメリカの個々の市や町が、如何に
個性豊かで健全な文化を保っているか、アメリカの小さな市に暮らしてみて、つくづくと思う。大好きな大好きな日本のぼくたちの市や町
もそうあってほしいと願うのみだ。
思索の秋、将来の日本を一人一人が真剣に考えなければと思うこのごろです。
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