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第18回 シアトルより想いを込めて 「ミッチェル先生」

2003.7.5

ミッチェル先生のお宅はシアトル市マジソン通りの東詰、ワシントン湖畔にも程遠からぬ閑静な住宅地の一角にあった。ここらあたりの住宅にして はさほどに大きくはないが、落ち着いた佇まいの平屋建てである。入り口から玄関にいたるアプローチには小さな竹林があり京都あたりの寺の中庭を 思わせる雰囲気だ。

ミッチェル先生は、ぼくの訪問をお弟子のオルソンさんと二人で迎えてくれたが、驚いたことに玄関に立つ二人は和服姿であった。 オルソンさんは口髭をたくわえた背の高い白人男性。白人の年齢は一見しただけではなかなか分かりにくいものであるが、五十代前半と言ったところ であろうか。その彼が白足袋姿も鮮やかにおっとりとした笑顔で身の前に両手をそろえてお辞儀をするその姿は、品のいい日本人そのもの、全くに アメリカ人の匂いすらない。弟子にしてこんな具合であるからミッチェル先生その人は、おして知るべしだ。いまどきこれほどまでに日本的情緒を 備えもった女性は日本人の中にもそう多くはあるまい。いくら快適なシアトルの夏とはいえ、7月の盛夏に着物姿で客人を迎える。何と心豊かで 風情極まりなきもてなしではあるまいか。

玄関を上がるとすぐに日本的雰囲気の応接間に通された。低くシンプルな形の椅子が二脚と、縁台を思わせる背もたれのない長椅子が一台、清楚で 美しい室である。しばらく日本の話題やら茶の湯の話をした後、隣の日本間へと案内された。八畳間に縁側風の廊下がついたこの部屋の床には、 一行の墨蹟と鈴蘭が一輪生けられいやがうえにも凛とした雰囲気、廊下の外には程よい広さの庭が見える。アメリカの多くの家がそうであるよ うにこの家の庭もまた裏側に多く広がっている。和風庭とはいえぬが芝生に少々の植え込みだけの簡素なつくりで、隅々までよく手入れが行き届 いている。

茶はオルソンさんが点ててくれた。着流しに兵児帯を締め、点前座に端として正座するこの白人男性からはバタ臭さのかけらも感じられない。 ミッチェル先生が慣れた手つきで作法床しく客畳まで運んでぼくの前に丁重に茶碗を差し出す。上品な笑顔を保ちながら穏やかな日本語で話し 掛けるミッチェル先生の立居振舞いは、端正と言うほか何と表し得ようか。ただその顔立ちが白人女性である以外は、古典的でしとやかな日本女 性そのものである。アメリカ人にしては小さめでほっそりとした彼女の年のころは五十代半ばかも知れぬ。茶の湯、そよぐ風、流れる空気、全てが 日本のそれであるような錯覚に陥る。

この家には八畳と四畳半の二つの日本間がある。それぞれに茶の湯の炉が切られ、広間、小間の茶席となっている。もちろん今は夏の時節、 炉畳は平畳に取り替えられ風炉の設いがなされている。軒の吉津が強すぎる夏の陽を適度に遮り、庭からのさわやかな風を程よく通して 首筋を心地よく撫でる。何と静寂で無垢なひとときであろうか。この空間にひとたび浸るとき、人種を超え、言葉を超えて人は静謐な感性の中にすっと 浸りきることができる。寂静とは、侘び寂とは、この心地よさの中に秘された日本の心であろう。そしてこの家の佇まいもさることながら、 ミッチェル先生その人の、裏千家茶道師範と言うことを計りいれてもなお余りある彼女の日本的品性の高さと情緒の豊かさに、ぼくはたちまちに 魅了させられてしまったのである。







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