
和尚さんが日ごろ感じたことや、思ったことを日記にしています。
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第29回 「スローライフの楽しみ」
ふと気がついてみると、ぼく自身もう還暦の歳になっている。自分ではそんなに歳をとったと言う自覚症状(?)のようなものは全くないが、
現実的には、数え年で61歳、満年齢で言えば59歳と相成っていることだけは確かだ。その所為でもなかろうが最近スローライフと言う言葉にやたらと
憧れる。まだまだ言葉だけの段階で、スローライフを楽しむというところまでにはとても程遠いが、でも生活のスピードダウンということが大切だと
思えてきた。もう何十年も前だが「せまい日本そんなに急いでどこへいく」という交通安全か何かの標語があったことを覚えている。それが今、
社会の問題としてではなく人生の問題としてぼくの前に再来しているようにも思う。終戦時生まれのぼくたち年代は、日本の戦後復興と共に人生を
歩んできた。物資も何もないあの焼け野原の戦後社会から復興、高度成長へと日本中が走りに走ってきた感がある。そして今では、考えられないほどの
物の豊かさと便利さを享受できる社会になった。しかし、ふと立ち止まって日々の人生を顧みるに、果たしてその豊かさや便利さの中に心の安らぎを
感じ、人生の味わいを深められているだろうか、と思ってみるとき、今日社会のあわただしさやスピードの中に押し流され、それらを受け止めるゆとりを
持てないでいる。人生の味わいと言うことすら忘れかけているように思われてならない。
スローライフとは、現代の便利さを否定することでは決してない。ただそのスピードを少し緩めてみるだけのことである。
先日ぼくの尊敬するシアトルのアメリカ人茶匠ミッチェル先生とスローライフについての話をしたとき、彼女は今スローイーティングを提唱していると
言うことだった。
何かと訊ねてみるに彼女曰く「ゆっくり時間をかけてお茶をいただくことです。炉に炭火をおこし、その炭火に茶釜をかけてお湯を沸かす、
たっぷりの時間をかけて沸かしたお湯でお茶を点てる。ただそれだけのことなのです。」
われわれ現代人は、こうしたゆとりある時間を持つことすら忘れ、ましてやそれを味わい、楽しむなどと言う心のゆとりを持てないでいる。
インスタントに茶を飲むだけでは喉の渇きを潤すことはできても心の渇きを潤すことはできない。彼女の提案をぼくはそのように受け止めた。
いま、日本では旧暦の良さが見直されていると言う。生活の営みを天地自然の動きに合わせながら人生を過ごす。一見はかどりが悪そうに見えながら
実際は無駄の少ない、心豊かな麗しい日々を過ごすことができる。月の満ち欠けや自然と共にある季節感が暦どおりにぴったりと受け止められる、
旧暦にはそういう先人の貴重な知恵がいっぱいに詰まっている。そういう生活感覚やスローライフの中にこそ、心の平安も、人生の充実も秘されている
ように思う。
還暦と言う歳の所為だけではない、いつの時代にも人はみな静謐なときと心の安らぎを求めている。今はそれをスローライフと言うゆとり時間の中に
見出すことができる、そういうふうにぼくは受け止めている。
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